婚姻費用の相談事例

  • 夫A氏

    40代後半の会社員。

  • 妻Bさん(相談者)

    40歳前半で派遣社員。

  • 子どもは1人

    高校生の息子。

 

夫は、典型的な亭主関白だ。

 

家では自分の思い通りでなければ気が済まない。
少しでも気にくわないことがあると不機嫌になる。

 

妻は、毎日の食事は夫の気分に合わせて作っている。
夫の部屋の掃除は毎日している。
夫の洗濯物は特にキレイに畳むようにしている。
できるだけ、夫の気分を害さないようにしていた。

 

夫の亭主関白な態度が我慢できなくなったのは、息子が高校に進学してからだった。
息子は県内でも進学校に進学したためか、周りの成績についていけなくなった。
高校1年の後半には、40人クラスで下から2,3番目だった。

 

高校生の息子の成績が下がると、夫は妻にも当たってきた。
暴力こそなかったが、一方的な叱責は数十分にも及ぶ。

 

「お前の教育がいけないからだ」
「さっさと今の塾を辞めて他に行かせろ」
「これ以上成績が下がったらどうなるかわかっているのか」

 

息子が止めに入ってきても、夫の罵声は止まらない。
息子が夫を制止しようとしても、夫は成績の事を口に出して息子との言い争いが始まる。
いつしか、家族の会話は無くなっていた。

 

妻は、そんな夫に耐えられなくなってしまった。

 

息子が高校2年に進学するタイミングで、妻は家を出た。
事前に相談した息子は、妻に付いていった。
妻は、夫に手紙だけを残しておいた。

 

「今まで、ありがとうございました」

 

夫が怒り狂ったのは言うまでにない。
妻の携帯には電話とメールの着信の嵐。
別居開始直後は、一日のほとんどを電源OFFで過ごしていた。
それでも、留守電にはこの世のモノとは思えない罵詈雑言(ばりぞうごん)が残されていた。

 

妻は離婚を考えていたので、弁護士に相談に行った。
弁護士は、離婚に向けての相談に親身に乗ってくれた。
相談した初日に、生活費を確保するために婚姻費用を請求することを勧めた。

 

妻にとって、婚姻費用制度は初めて聞く言葉だ。
婚姻関係にある夫婦は、例え別居していても収入の多い方(夫)が妻に生活費を支払う義務があるという。
婚姻費用の金額は、お互いの年収と子どもの数・年齢で決まるらしい。

 

妻は、さっそく婚姻費用の金額を計算することにした。

 

< 婚姻費用の金額 >

  • 夫の前年度の年収、700万円
  • 妻の前年度の年収、350万円
  • 16歳の高校生の息子が1人

 

この条件から決まる婚姻費用は、10〜12万円。
さっそく夫に婚姻費用として毎月11万円を請求した。

 

妻が婚姻費用を請求すると、当然ながら夫は支払いを拒否した。それでも妻は、婚姻費用は法律で決められた義務であり、払わなければ給与の差し押さえもできると淡々と説明した。弁護士相談が役に立ったのだ。

 

夫はしぶしぶ婚姻費用の支払いを認めた。しかし、請求してから1ヶ月が経っても支払ってこない。妻が再度請求すると、驚くような返信が来た。

「会社を辞めた。今はアルバイトで月収17万、年収は約200万円ほどだ。年収が下がったのだから、婚姻費用も変わってくるはずだ」

 

どうやら、夫は年収700万円で計算する婚姻費用万円を支払うのがイヤで、勝手に会社を辞めてしまったのです!そして、敢えて年収が低いアルバイトをしているのです。

 

婚姻費用は、双方の年収によって決まります。
そのため、自分の年収を下げればよいと考えたのだ…

 

自らの年収を下げてまで婚姻費用をできるだけ払いたくない夫。
夫の思惑通り婚姻費用の金額は少なくできるのだろうか。

この事例の要点

この事例では、婚姻費用の算出方法に注目した夫は、自らの意思で会社を辞めて年収を下げるという決断を下しました。夫は会社を辞めたことで、生活は苦しくなりましたが、婚姻費用を低くできると期待しました。

 

そして婚姻費用が定まれば、また元の給与水準の仕事に転職しようと考えているのでしょう。

 

確かに、婚姻費用は、双方の年収と子どもの数・年齢を基に、算定表から求めます。
しかし、意図的に年収を低下させて婚姻費用を下げるということは認められるのでしょうか。

 

では、この事例に似た過去の判例を紹介します。

 

判例の紹介

判例@

大阪高裁

平成22年3月3日決定

家裁月報62巻11号96頁

夫は、調停成立時には歯科医師で病院勤務しており、婚姻費用は月6万円で合意していた。しかしその後、夫は病院を退職して大学の研究生となった。その結果、夫の年収は低下がしたため婚姻費用を1万にするよう減額を求めた。しかし裁判所は、自らの意思で低い収入となったことを指摘して婚姻費用の減額は認めなかった。

 

判例A

福岡家裁

平成18年1月18日決定

家裁月報58巻8号80頁

会社員の夫は、養育費の強制執行を逃れる目的で会社を退職した。退職したために年収がゼロとなり養育費の免除を申し立てた。しかし、裁判所は勤務を続けていれば得られた収入に基づいて養育費を算定した。

 

結論

過去の判例によると、意図的に年収を下げることで婚姻費用や養育費の金額を引き下げようとしても、それは無効と判断されています。裁判の結果、年収が下がる前の金額を基に婚姻費用や養育費が算出されているのです。

 

婚姻費用や養育費の金額は年収によって決まります。義務者(夫)の年収が高いほど、妻と子どもにはその経済力に見合った生活を約束しなければなりません。その結果、義務者(夫)の年収が高いほど、妻子に支払う婚姻費用や養育費は高くなるのです。

 

多くの義務者(夫)は、妻に支払う金額を少なくしたいと思うかもしれません。しかし、婚姻費用や養育費の金額を下げたいという目的で会社を辞めても、下がった年収で計算することは認められません。過去の判例によると、下がった年収で婚姻費用を計算するのではなく、下がる前の時点での年収で計算しています。

 

年収を下げないほうが得だった

夫は、自らの年収を下げることで婚姻費用を下げようとしました。しかし、過去の判例を見る限り意図的な年収の低下は、婚姻費用の算出で認められません。夫は年収が下がりましたが、支払うべき婚姻費用は元の下がる前の年収を元に計算することになりそうです。

 

夫は、年収が下がってしまったので生活はとても苦しくなりました。
結局、会社を辞めずにいた方がよかったのです。

 

夫の年収700万円のままだったら、婚姻費用は毎月約11万円(算定表では10〜12万円)で年間にすると約132万円。年収700万円の年間の手取りは約8割の560万円なので、婚姻費用の年間132万円を差し引くと、年間428万円が自由に使えるお金となります。

 

しかし、夫A氏は年収200万円のアルバイトに転職してしまいました。婚姻費用の計算は退職前の年収700万円で計算するので、計算上は上記と同じく年間132万円。年収200万円の手取りは、約180万円しかありません。婚姻費用を差し引いたら、自由に使えるお金は年間で48万円しかないのです。

 

※表

 

結局、過去の判例のように、意図的な年収低下で婚姻費用や養育費の金額を下げることはできません。むしろ意図的に婚姻費用を下げようとすると、結果的に自らを苦しめているだけになってしまいます。

 

意図的に年収を下げても、婚姻費用や養育費を下げることはできない!